東大院卒人生オワコンからの逆襲

東大院卒会社員が人生を這い上がる為に転職、英語等について書いて少しでも幸せな生活に繋がる情報を提供できたらなあというブログ

他人をけなしたら暇な証拠、何か「創造」しよう

「あやちゃんはいずれ世間に評価される人間だよ。」が私が今迄言われて一番ムカついた言葉です。

嘗て20歳位のニートに言われました。褒め言葉のようなんですけど、私「自分」が入っていない言葉が嫌いなんですよね。

サッカー日本代表にケチ付けたり、「あの子アイドルなのに可愛くないよね」とか。

お前は言える立場なのか?と思うんですね。

「あやちゃんはいずれ世間に評価される人間だよ。」は褒めてますよ。でもお前はどうなんだ?って思いますね。上から目線やなあと思いました。

何でこんなに批評文化の日本になってしまったかというと、匿名で何でも言えるツールが増えたから言論に対する責任を持たなくても良いという錯覚を抱いてしまった。

「(自分はともかく)あの子は醜い、下手だ、可愛くない、不細工だ...etc.」

 

 でも匿名で悪口言ってしまう気持ちもわかります。

自分の人生が上手くいっていない時他者に当たらないと気持ちが収まらないんですよね。もっと言うと自分の人生を生きていないとそうなりがちです。

何かに夢中である、自分の人生が楽しい、大変っていう時他者の悪口を言う無駄なエネルギーってなくなると思うんです。
だから何にも悪くなくとも他者を陥れたい時、悪口を言いたい時、評価を落としたい時、一旦「本当に自分は言う権利があるのか?」と考え直してほしい。

他者の悪い所ばっかり目に行ってしまう時は自分のエネルギーが不足している時です。
西原理恵子さんも「洗えば使える泥名言」で仰っておりますが、

「人のことを憎み始めたらヒマな証拠。」

 「ネットで誰かの悪口言ったりする人って、相当ヒマっていうか、いろんなことがうまくいってない人ですよね。」

「この人のことを憎み始めたら疲れてるな」という基準になる人がいるんです。そのレベルで止めておかないと、どんどん憎しみが増殖して帰ってこれなくなる。」

非常によくわかる。ただ、私ですね。ブログ始めてそういう思いが一切なくなったんです。「どういう記事がバズるのか」、とか「あの記事こう直したいなあ」とか四六時中考えるようになりました。

だから何かを創造するって一番健康的な趣味だと思うんです。絵でも良いし、文章でも良いし。何でも良い。

洗えば使える泥名言

洗えば使える泥名言

 

 私自身くすぶっていた思いとか、こういうやり方をすれば上手くいくみたいな事を本にまとめ始めたんです。書いて良かったなあと思いました。多少の批評はあって絶版にしようとは思いましたけど、今はそう思わないです

他人を憎み始めたら暇な証拠、何か「創造」しましょう 。

おわり!