東大院卒人生オワコンからの逆襲

東大院卒会社員が人生を這い上がる為に転職、英語等について書いて少しでも幸せな生活に繋がる情報を提供できたらなあというブログ

雨宮まみさんが亡くなって思う事

ライターの雨宮まみさん(40)が11月15日に亡くなった。
15日朝、自宅で床に倒れているところを警察に発見された。同社は「事故」で亡くなった、としている。
雨宮さんは流行語「こじらせ女子」を生み出した方で、数々の著作を出している。
雨宮さんを知ったのはこの記事からだった。

 雨宮 もともと子どもの頃から鬱々とした傾向はあるんですよ。学校の先生が「10代がいちばん死に近くてあっけなく死んだりする」みたいなことを言ってたんですけど、そのときも、「ああ、そっか」って思ってたし、「死にたい」とも思ってました。悩みが多かったから。

 でも30になってみると、「30でも全然死にたいじゃん!」みたいな感じで(笑)。だんだん落ち着いてきて、「死にたい」っていう気持ちがなくなるものだと思ってたけど、そうでもなかったなと。差し迫って苦しい、っていうことじゃないんですけど、なんかボンヤリと「死んだら楽だな」って。自分が生きてる以上、自分であることをずっと引き受けなきゃいけないじゃないですか。仕事もそうですけど、人との関係性での役割とか。そういうのを全部ほったらかしにしといていい、っていうのを、死ぬっていうこととイコールにして考えちゃう。

という文を読んで全く同感だと思った。

雨宮 そうですよねえ。本当になんかもうムダな命だな、って自分のことをよく思うんですよねえ(笑)。世の中のために何か役に立つことは、まあたぶんこの先もないだろうって思ってて。役に立つこともないんだったら、あとは自分が主体的に楽しむしか生きるのびる術がないんですよね。でもやっぱり主体的に楽しむっていうことは、それなりにめんどうくさいことも引き受けていかなきゃいけないですからね。

宇多田ヒカルの大ファンで、「自分の命を彼女にあげたい。」とtweetしていた事もあった。

人は突然死ぬ。それは厳然たる事実で、逃れられる事はない。

多分彼女はもっと人生を楽しみたかったんじゃないかなとは思っている。

私の中で「いつ死んでも良いよな」と常に思っているけど「このまま死にたくないなあ」というのが半々ある。

でももう十分じゃないか、と思う。

私は19で死ぬつもりだったが、運があって生き延びた。23で「ああ、もういいや」と思った。今迄自分で思い通りある程度できた。出来なかった事もその倍はあったけど。

もう、人生やり切った感はある。

寧ろ死んだ方がもうこんな惨めな思いはしなくて良いし、死んだ方が幸せだろうとは常々思っている。

でもfacebookの3年間から今のブログまで毎日何かしら記録に残さないと、「今日何もなかった日があるなんて悔しい」と思って書き続けているこの自己矛盾は何だろう。

まだ何かを沢山遺したい、と思うこの感情はなんだろう。

「死にたい」なんて数えきれない位思った。でも世には沢山面白い事象がある。

たらふく楽しみ切って死にたい、というのが今の私だ。

phaさんはtwitterで「ダラダラ生き延びて曖昧になっていかないといけない」と仰った。

「本当になんかもうムダな命だな、って自分のことをよく思うんですよねえ。」と彼女は言ったが、たとえ無駄でも自分が生きたい、楽しみたいと思えばそれで良いんじゃないか。

生きていると世には本当に下らないやるべき事が沢山あって、たまに何の為に生きているか分からなくなる。でも文章を書いていると、その煩悶がすっと消える。

そういうものが、あれば。 

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画像:modern fart | 「何歳まで生きますか?」雨宮まみさんに聞く【前編】より引用

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