東大院卒人生オワコンからの逆襲

東大院卒会社員が人生を這い上がる為に転職、英語等について書いて少しでも幸せな生活に繋がる情報を提供できたらなあというブログ

年金や借金を支払わない父に対して何も思わなくなった。

年金の催促の通知って最後赤い封筒になるのってご存知でしょうか?

10年前からよく届くようになりました。

私が高校3年の時、大阪に赴任していた父は部屋に閉じ篭り、うつ病に罹り、会社を辞めた頃からです。

母のクレジットカードを無断で借りて50万借金し、北海道で起業するも1か月で倒産。

その後職を転々としますがすぐ離職。

大学生の時そんな父の姿を見て苛立ち家にあまりいませんでした。

だから家に帰りたくない時は彼氏や友人の家に泊めて貰いました。

大学の学費は大学院まで6年間全額免除を受けることが出来、大学は総代で卒業しました。修士論文も賞を頂きました。

大学の先生に「早く家を出ろ。ただそれだけの話だ。」と言われました。

私の大学の先生方は大変優しく、

家で暴れる父、年金や借金を支払わない父を見て嫌だという相談にずっと乗って頂きました。

ある経済学の先生に「早く家を出ろ。ただそれだけの話だ。」と言われました。

その時も今も十分先生の仰る意味がわかります。

嫌ならとっとと家を出れば良い。

本当にその通りです。

でも私は留学資金もバイトで貯めたりしなくてはならなかったりと、

大学生時代経済的に自立する余裕はありませんでした。

いやあったのでしょう。本当は。

もっと働けば。

大学に行かず高校を卒業して働けば良かったかもしれません。

しかしあの大学に出会えてなければ、私はとうに死んでいたと思います。

就職して4カ月目でシェアハウスを転々とする

新卒で入って4カ月目で本社に配属になったので往復4時間の通勤は辛く、

職場付近のシェアハウスに住む事にしました。

転々として2年で5回引っ越したと思います。

で、3年パートナーと同棲して破局して今実家に住んでます。

年齢を経て年金や借金を支払わない父に対して何も思わなくなった。

以前は母が毎日遅くまで働かなくてはいけない事への怒り、

何で自分はもっと働こうとしないんだとかずっと思っていたのですが

母は私が思った以上タフネスで毎日頑張ってます。

父があまり働かなくても私が母親にお金を渡せば何とかなるし。

父への怒りはなくなりました。

家族といっても他人だし、人を変える事は出来ません。

そして病気は自分の意思がないと治せません。

父はよく代引きで何か買うのですが高確率で私が家にいて、その都度支払ってます。

(再配達は申し訳ないし、勿論後で返して貰ってますが)

両親の誕生日、クリスマスプレゼント、父の日、母の日のプレゼントはずっと欠かさず贈ってます。

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父のようにはなっていけない

私は兄弟はいません。

なので将来両親が要介護となったら対策を講じなくてはいけませんが、

今は母親の方が私より元気だし(私現にずっと病人だしw)

両親はとても仲が良いので今はあまり心配していません。

ただ、私は父に似た所があるので気をつけてます(私もうつ病になっているので)

自分に起きた悪い事は自分が半分悪いと思うようにする、

病気のせいにしない、「病気の自分」を主語にしない事を心がけてます。

両親に頼らない環境を作ってくれた両親に感謝しています。

私も自分をうまくコントロール出来ないので不甲斐無く思う事もありますが、

大学入学から自分で自分の道を切り拓けたのでこれからも好きにやっていきます。

両親も私が決めた事に対して何も反対しないし、肯定しかした事がないので感謝しています。

おわり!